北尾光司の嫁は医師で慶応義塾大学病院! 死因は慢性腎不全で寝たきり?

芸能
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6月28日の爆報THEフライデーには今年の2月に亡くなった
元横綱の北尾光司さんの奥さんが出演します。

 

北尾光司さんは過去には事件などがあり、
かなり苦労した人生を歩んできました。

 

この記事では北尾光司さんの

・プロフィールと経歴
・奥さんと子供
・死因について
・双葉黒事件について
・プロレスラーとしての活躍

これらについて調べてきましたのでまとめます。

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北尾光司のプロフィールと経歴

 

名前:北尾 光司
四股名:双羽黒 光司
生年月日:1963年8月12日
没年月日:2019年2月10日(55歳)
出身:三重県津市
所属部屋:立浪部屋

 

北尾光司さんは幼少期から父の影響で柔道を始めており、
通っている敬和小学校に土俵が出来てからは毎日のように相撲を取っていたようです。

 

東橋内中学校に相撲部や土俵がなかったため、
三重高等学校に練習に行っていましたが高校生にも全く負けず、
中学3年生の夏休みには支部対抗試合で優勝し角界では有名になりました。

 

その後は高校には通わずに、
中学校卒業と同時に立浪部屋に入門しました。

 

1979年3月に初土俵を踏み、
その後は部屋を逃げ出すことはありましたが困難を乗り越え、
第60代の横綱に輝いています。

 

幕内の成績は197勝87敗16休という成績を残しており、
1987年に双葉黒事件で『廃業』という形で身を引いてます。

 

引退と廃業の違いは身の引き方にあって、
廃業の場合は相撲界などから完全に身を引きますが、
引退の場合は親方などとして相撲界に残ることです。

 

ですので北尾光司さんは双葉黒事件をきっかけに
完全に相撲界から身を引きました。

 

こちらの事件の詳細や当時の動画に関しては
後ほど詳しく紹介します。

 

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北尾光司の嫁は精神科の医師で慶應義塾大学病院勤めの北尾淑恵

 

6月28日に行われる爆報THEフライデーでは
初めて北尾光司さんの奥さんが出演します。

 

北尾光司さんの奥さんの名前は北尾淑恵(きたお よしえ)さんといい
精神科の医師をしており慶応義塾大学病院に勤めているそうです。

 

2人の馴れ初めは北尾光司さんの入院がきっかけで、
その際に2人は交際を始めたようです。

 

惚れたのは北尾光司さんではなく淑恵さんからであり、
北尾光司さんの頑張っている姿や横綱としての振る舞いに惚れ、
北尾光司さんと積極的に関わるようになったのだと思います。

 

当時相撲は今よりも人気があり、
よくテレビで報道されていたのが関係しているかもしれませんね。

 

ただスー女などという言葉はなく当時の観客は、
断然男性の方が多かったです。

 

大きくて強面なのに優しいのでそこのギャップもいいですよね。

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北尾光司の子供は娘の一人

 

北尾光司さんと淑恵さんの間には1人の娘がおり、
現在は成人をしているようです。

 

北尾光司さんはとても夫婦仲が良く、
子煩悩だったともいわれています。

 

北尾光司さんは相撲に全てをかけるために中卒ではありますが、
三重高校に入る学力はあったと言われていて
親は相撲部屋ではなく三重高校に進学してほしかったようです。

 

三重高校は偏差値が60付近の高校ですので、
相撲が大好きで行っていたのですが、
それでも勉強はしっかりと行っていたようですね。

 

奥さんも精神科の医師ということでかなり頭が良くなければ
なれない職業でありとても頭がいいのではないかと思われます。

 

また慶応義塾大学病院で勤めるのは狭き門であり、
精神医になるだけでも大変ですがその中で精神医になっています。

 

ですので娘さんにはしっかりと勉強などを指導し、
2人のような多くの人に役立つ職に就いているのではないでしょうか。

 

2人ともお金をかなり持っている職業であり、
奥さんの勤める精神医は大半の人が年収1000万を超える職業です。

 

ですので娘さんには習い事ややりたいと思ったことを
積極的にやらせてあげることができたのではないかと思います。

 

子供の時にいろんなことを学ばせてあげるのは将来に活きるので、
2人そろっていい両親だったのだと思います。

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北尾光司の死因は慢性腎不全で寝たきり状態

 

2019年の2月に北尾光司さんは亡くなりましたが、
この時の死因が『慢性腎不全』で亡くなられました。

 

北尾光司さんの娘さんが、
北尾光司さんの病気について語っています。

 

「私が物心ついたころには、父はもちろん相撲も格闘技もやっていませんでした。
家でも、その当時の話はほとんどしなかった。

 

ですから、ほかのお父さんと違うところは、背が高くて、多趣味であることくらいに
しか思っていませんでした。

 

パソコン関係の仕事をしていて、それで稼いでいたみたいです

また、ナイフや刀、エアガンの収集も趣味で、
『ナイフマガジン』に記事を寄稿することもありました」

 

だんだんと、北尾氏の体を蝕んでいったのは、糖尿病だった。

 

「元気なときは旅行に連れて行ってくれたり、一緒にゲームで遊んだりしていましたけど、
私が中学のころから具合が悪くなり、
高校1年生くらいには、父は寝たきりに近い状態になりました。

 

トイレにも一人では行けなくなり、母や私が介添えをした。

 

6年ほど前には両足首に褥瘡(じょくそう)ができて、より歩行困難に。
一時は、両足の切断を医師に勧められるほどでした」

(出典:https://news.goo.ne.jp/article/dailyshincho/sports/dailyshincho-559694.html)

 

北尾光司さんの死因は慢性腎不全ではありますが、
その前にかなり糖尿病が進んでいたのですね。

 

小さい頃は格闘技をやっていなかったので、
娘さんと良く遊んでいたそうですがそれは長く続かなかったようです。

 

その後の慢性腎不全になってからも娘さんは
心境を語っています。

 

加えて、腎機能も低下し、その治療も行わなければならなくなったという。

 

「この5年間ほどは、千葉県内の病院にずっと入院していました。

昨秋からは人工透析を始めるようにもなった。
最近は、目もあまり見えなくなって、意識も朦朧とした状態でした。

 

私がお見舞いに行くと、“誰? どこ?”といった感じで、
私のことさえわからなくなってしまって……」(同)

 

それ以降、北尾氏は二度と娘を認識することがなかったという。

 

「世間では破天荒だとか怖いイメージがあるかと思いますが、本当に優しい父でした。

入学式や卒業式などでも、“娘がからかわれるかもしれないから”と、
一度も顔を見せたことはありませんでした。

 

幼いときにはリカちゃん人形をくれたり、私を女の子らしく育てようとしてくれていた。

父の娘でも、“顔にケガをしたら大変だから”と、格闘技系の習い事をしたことはありません。

父とはもっと遊びたかったし、一緒にお酒も飲んでみたかった。心残りばかりです」

(出典:https://news.goo.ne.jp/article/dailyshincho/sports/dailyshincho-559694.html)

 

北尾光司さんは娘さんが心と体が一番成長する高校生時代には
寝たきりなっていて意識も、もうろうとしていたようです。

 

病では仕方ないことですがお見舞いに行った際に、
父から「誰?」と言われるのは辛いですよね。

 

理解していても高校生の時に、
実の父が自分のことを忘れてしまうことはなかなか受け入れられません。

 

その後も娘さんを認識することがなかったようですが、
その状態でも父の姿を見に行くために足を運ぶのは凄いですよね。

 

優しい父に育てられたからこそこのような行動ができ、
亡くなったときには一緒に父とお酒が飲みたかったなどといえるのだと思います。

 

北尾光司さんが亡くなったときの葬儀は、
淑恵さんと娘さんで行ったようです。

 

少ない人数ですが大事な家族に見送られ、
北尾光司さんは満足する形だったのではないでしょうか。

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北尾光司の双羽黒事件とは?

 

北尾光司さんは現役の相撲取りだった時に、
『双葉黒事件』という事件を起こしています。

 

事件が起きた日は1987年12月27日に起き、
事件の始まりは北尾光司さんが「ちゃんこが不味く食えない」という
言葉から事件が起きます。

 

若い衆は不味いと言っていたことを親方の立浪に伝え、
当時双葉黒という名だった北尾光司と立浪親方で大喧嘩になりました。

 

その時に喧嘩の仲裁に入った親方の奥さんを突き飛ばし、
双葉黒は部屋を脱走する形になります。

 

その後その事件があったことを聞いた新聞記者は尋ね、
事件が起こったときのことを話して、
奥さんは突き飛ばして暴行を加えられたと記者に伝えました。

 

実際に突き飛ばし暴行を加えたのかは分かりませんが、
奥さんはそのことを相撲界の関係者にも伝え、
事件を大きくしたようです。

 

この事件は北尾光司さんが一般的には悪いとされていますが、
普通に考えたら女の人が大男2人の喧嘩を止められるはずがなく
最初から突き飛ばされることが分かります。

 

喧嘩をしている時は周りのことが見えなくなり、
絡んできた人は暴行されたというよりも、
喧嘩をしている最中に突き飛ばされたという表現が正しいと思います。

 

ですのでこの件はいろんな憶測が出ていますが、
奥さんがしっかりと考えその喧嘩の仲裁に入らずに、
若い衆に入ってもらえばこのような事件が起きなかったのではないかと思います。

 

また奥さんが実際に北尾光司さんに突き飛ばされ暴行を加えられたら、
骨の骨折などの大けがをしてもおかしくないと思います。

 

また部屋に入っている力士は奥さんが息子のように可愛がっている人が多いと言われていますが、
立浪親方の奥さんは即座に電話で色んな人に連絡したとのことですので、
愛なく関係性を持っていたのではないかと思います。

 

 

実際にこの時は記者会見で謝罪しており、
当時は北尾光司さんが世間から大バッシングを受けました。

 

しばらく経った後に北尾光司さんはこの事件の真相について答えており、
「ちゃんこが不味いと言ったわけではなく、ちゃんこもまともに作れない若い衆に腹が立ち、
親方から叱って欲しかったが逆に謝れと言われ大喧嘩になった」と答えています。

 

今では立浪親方も相当悪い親方だったということが周知されていますが、
当時は北尾光司さんだけが悪く言われました。

 

現在のようにSNSがあったらいろんな意見が飛び、
一方的に悪く言われることはなかったのかもしれませんね。

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【動画】 北尾光司プロレスラーとしても活躍

 

その後プロレスラーとして北尾光司さんはデビューしますが、
この時の試合が八百長ということでまたしても大バッシングを北尾光司さんは受けます。

 

 

この試合では試合途中でレフリーを蹴り(2分17秒)
マイクでプロレス界に「八百長ばっかりやりやがって!」と発言しています(2分41秒)

 

当時プロレスは大人気であり、
子供から大人までの幅広い層で支持を受けていました。

 

しかし北尾光司さんはこの発言によりプロレスファンから嫌われ、
長州さんには「どの団体に所属しても必ずトラブルを起こす」と言われています。

 

相撲界の問題はいろんな意見がありますが、
この件に関しては北尾光司さんが悪いですね。

 

自分の専属の舞台ではない場所で、
多くのファンがいるのにも関わらずこのような発言は良くないですね。

 

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まとめ

 

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今回は爆報THEフライデーで北尾光司さんの奥さんが
テレビ初出演するということで北尾光司さんについてまとめました。

 

過去に様々なトラブルをおこした北尾光司さんですが、
父としてはいいお父さんというのが分かりますよね。

 

また双葉黒事件がなければどれだけ凄い成績を残していたのかと考えると、
非常に残念ですよね。

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